瞽女 GOZE

瀧澤正治 監督作品 - 瞽女GOZE -

 新潟から世界へ。
2020年公開

私が最後の瞽女と言われた小林ハルさんのヒューマンドラマを監督したいと思い立ったのは、
14年前、あるテレビ番組で小林ハルさんの存在を知った時です。
私は盲目という重度のハンデキャップを背負い、瞽女という厳しい芸の修行に耐え、
人生における幾多の荒波に揉まれて生きてきた小林ハルさんの過酷な生き様に強い衝撃をうけたのです。
「難儀な事をするのが本当の仕事」「いい人と歩けば祭り、悪い人と歩けば修行」とハルさんは言う・・・。
私はハルさんに出会い、彼女から盲目でありながら常に笑顔と幸せを求めて生きる勇気と気概を学んだのです。
映画は、瞽女として、人として、生きて行く為に鬼のように厳しく躾けた母トメと
その厳しさに堪えて成長し、やがて母の真実の愛を知る子どもハルを主軸に、
生きる事への歓びと人を思い遣る慈しみの愛を、心に訴えかけていきます。
 そして視覚障害者でありながら、健気に生きた、越後瞽女の存在を
国内はもとより、世界中の多くの人たちに伝えたいのです。

私が最後の瞽女と言われた小林ハルさんのヒューマンドラマを監督したいと思い立ったのは、14年前、あるテレビ番組で小林ハルさんの存在を知った時です。 私は盲目という重度のハンデキャップを背負い、瞽女という厳しい芸の修行に耐え、人生における幾多の荒波に揉まれて生きてきた小林ハルさんの過酷な生き様に強い衝撃をうけたのです。「難儀な事をするのが本当の仕事」「いい人と歩けば祭り、悪い人と歩けば修行」とハルさんは言う・・・。私はハルさんに出会い、彼女から盲目でありながら常に笑顔と幸せを求めて生きる勇気と気概を学んだのです。 映画は、瞽女として、人として、生きて行く為に鬼のように厳しく躾けた母トメとその厳しさに堪えて成長し、やがて母の真実の愛を知る子どもハルを主軸に、生きる事への歓びと人を思い遣る慈しみの愛を、心に訴えかけていきます。  そして視覚障害者でありながら、健気に生きた、越後瞽女の存在を国内はもとより、世界中の多くの人たちに伝えたいのです。

瀧澤正治

Masaharu Takizawa

瞽女ご     ぜとは

WHAT'S “GOZE”

瞽女が訪れた村にとっては、その日はハレの日です。彼女たちが持ち込む芸によって人々は日々の疲れを癒し、やすらぎと娯楽を得ました。瞽女たちは、期待し待ち望んでいる村人たちのために、視力の残った手引きを先頭に、3~4人が一組となって村々をたずねました。 目の見えない女性が峠を越え、谷川の一本橋を渡り、この村にまで来てくれたのは、神のご加護によるもの、という畏敬の念で迎えられました。庄屋は宿を提供し、村人を集めて瞽女唄を聞かせます。瞽女たちは力いっぱい演じました。村人たちもお初穂を差し出し、わずかなおひねりを布施としました。お互いに自分が持っている気持ちが通った豊かなひとときを作り出しました。瞽女たちの三味線芸は、物語性のある古浄瑠璃などの段物を中心に、流行り歌、民謡などを聞かせてくれました。 そこに、瞽女という独特な芸能が生まれ、独自の文化を形成しました。幼い時から師匠の下で、厳しく三味線芸の修行を続け、独自の掟としきたりの中で、強固な絆で結ばれ、世間の差別、偏見に対して、身を寄せ合いながら盲目という障害を克服して生きてきました。

瞽女が訪れた村にとっては、その日はハレの日です。彼女たちが持ち込む芸によって人々は日々の疲れを癒し、やすらぎと娯楽を得ました。瞽女たちは、期待し待ち望んでいる村人たちのために、視力の残った手引きを先頭に、3~4人が一組となって村々をたずねました。 目の見えない女性が峠を越え、谷川の一本橋を渡り、この村にまで来てくれたのは、神のご加護によるもの、という畏敬の念で迎えられました。庄屋は宿を提供し、村人を集めて瞽女唄を聞かせます。瞽女たちは力いっぱい演じました。村人たちもお初穂を差し出し、わずかなおひねりを布施としました。お互いに自分が持っている気持ちが通った豊かなひとときを作り出しました。瞽女たちの三味線芸は、物語性のある古浄瑠璃などの段物を中心に、流行り歌、民謡などを聞かせてくれました。 そこに、瞽女という独特な芸能が生まれ、独自の文化を形成しました。幼い時から師匠の下で、厳しく三味線芸の修行を続け、独自の掟としきたりの中で、強固な絆で結ばれ、世間の差別、偏見に対して、身を寄せ合いながら盲目という障害を克服して生きてきました。